顔の良い男が好き

2次元も3次元も

俎上の鯉が二度跳ねなかった

去年「窮鼠はチーズの夢を見る」が実写映画化されるというニュースが飛び込んできた。
私が原作となる漫画と出会ったのは、10年ほど前になる。

2004年に発表された「キッシング・グーラミー」を第一作とし、約6年にわたり不定期で発表された一連の作品である。

そのうちのひとつが、今回の映画のタイトルにもなっている「窮鼠」だ。

本作は男性同士の恋愛を扱った作品であるものの、いわゆるボーイズラブものではなく、小学館のレディースコミックレーベルから発行されている。
愛憎渦巻く展開と過激な性描写は、確かにレディコミ然としている。
男女入り乱れ、まったくもって一筋縄ではいかない大人の恋愛模様を描いた作品である。

私が本作を初めて読んだ10年前、すでに完結から1年以上が経過していたが、それでもなお傑作と名高い作品であった。
実際読んでみると、期待を上回る面白さだった。
苦しくて苦しくてしかたがないのに、ページをめくる手が止まらない。泣けるシーンもあれば、クスっと笑える一コマもある。
膨大な台詞の応酬と繊細なモノローグが延々と続くにも関わらず、テンポが良くスルスルと読めてしまう。
一気に読み進め、結末に涙し、読了後1週間ほど重苦しい気持ちを引きずった。

映画を観ようと思っている方はぜひ、原作漫画も読んで欲しい。
でも、できれば映画を観てから漫画を読んで欲しいと思う。

そんな本作だが、私はひそかにいつか実写化してほしいという願望を抱いていた。
二転三転する生々しい人間模様は、純粋に実写向きだなと思ったのだ。
それから10年経って、まさかの実写化である。
なので、今回の映画化には諸手を挙げて喜んだ人間だ。
私は喜び浮かれ、かつてない感染症拡大による公開延期も経験し、ひっそりと公開日を待ちわびた。
そして9月――ようやく劇場へ足を運ぶことができた。


※以下、原作・映画のネタバレを含む長い感想


映画は、第一作「キッシング・グーラミー」から完結編「俎上の鯉は二度跳ねる」までの内容となっている。
つまりシリーズの最初から最後まで、エピソードをかいつまんで描いている。
上映時間は130分。

映画は、主人公・恭一が大学時代の後輩である今ヶ瀬と再会するところから始まる。
懐かしむ恭一だが、実は今ヶ瀬は、恭一の妻・知佳子が恭一の浮気を疑い、浮気調査を依頼した調査員だった。

恭一は原作でも「良い会社に勤めていて、若くて優秀で魅力的な課長」という感じで描かれているが、映画ではしっかり広告代理店で勤務している姿が描写される。
ピシっとスーツを着こなし、大企業で働き、多くの同僚や部下に囲まれ、信頼を寄せられている恭一。

一方の今ヶ瀬は、興信所で働く調査員。彼が乗るクラシックカーの灰皿には、タバコの吸い殻がぎっしりと詰まっている。
眩しく輝く立派なオフィスビルでただひとり真っ黒なロングコートを身にまとい、ただならぬ気配を醸し出している。

対照的なふたりが昼間のオフィスで邂逅するシーンは、互いの立場をはっきりと示しつつ、物語の行く末のあやうさを表していた。

この序盤の展開は、前後の違いや省略はあれど、ほぼ原作「キッシング・グーラミー」と同じ流れである。
今ヶ瀬に浮気の証拠を掴まれた恭一が、証拠隠しの代償に身を差し出す。しかし妻には別れを告げられてしまう…というもの。
「寿司、好きです♡」ってぶりっこする今ヶ瀬が可愛かった。
もうずっと、隙あらば今ヶ瀬がじーーーーっと恭一を見つめて、ニコニコして、幸せそうな顔をしているのがたまらない。

キスシーンやラブシーンは、R15指定とはいえ、どのくらいの再現されるのだろうといろんな意味で心配していたが、まあまあ驚いた。
映画はわりと観るほうだが、見終わって濡れ場が多いなあ~と思う最近の邦画よりはちょっと多いだろうか。
描写は美しく上品で、ほどよく生々しい。
映像ならではの質感や音による表現が、感情の動きをよりリアルにする。最初の不倫シーンを除けば、男女の濃厚なシーンは控えめだ。その最初が一番すごいけど。
この作品におけるラブシーンは、物語を大きく動かすターニングポイントにもなるので、さらっと済ませてしまうのは違うし。
それ大丈夫なの?!とハラハラしてしまう気持ちのほうが強かった。大丈夫なんだ本当に……と複雑な気持ちで見守ってしまった。

このふたり、最初から最後までずっと揉め続けるのだが、そこはかなり簡略化されていた。そりゃ忠実に揉め続けたら尺が5時間あっても足りない。
妻の知佳子は原作だと可愛い顔して離婚を切り出すときは涙一つ流さず淡々としている女だったが、映画だと良い奥さん感がちょっと増していた。
でもここでの恭一が、知佳子を絶対に悪く言わないところがそういうとこだぞ!!!!となる。

そして次、原作だと「楽園の蛇」パートになる。
知佳子と離婚した恭一の元に今ヶ瀬が押しかけ、ふんわりとした関係を持ち続ける。
だが、恭一が高校の同窓会に参加し、当時憧れていた同級生と関係を持つ…のくだりはカットされていた。
でもそのかわり、恭一が「同窓会は行かないよ」って言うとこの今ヶ瀬の反応が可愛かった。
この映画、今ヶ瀬が超可愛い。原作にもあったが、恭一のふとした優しい言葉にキュンとしてしまう今ヶ瀬のダメさ加減が愛しい。

そして恭一の大学時代の恋人・夏生が早々と登場し、場をかき乱す。
原作でいうところのひとつの大きな山場「黒猫の冷えた指先」と「窮鼠はチーズの夢を見る」である。
夏生は、原作でも恭一と今ヶ瀬の関係に水を差し、恭一に今ヶ瀬とのうやむやなまま続く関係について一度立ち止まって考えさせる役割を果たす。

ここでついに濡れ場が入る。
上にも書いたが、ま~~おっかなびっくりで見守っているうちに終わった。
映像の美しさにはうっとりしたが、それを超えるとハラハラが止まらない。
ひとりで観に行ったにもかかわらず謎の気まずさに苛まれ、終演後のシンと静まり返った劇場内にみんな同じ気持ちなのかもしれない……と少し安心した。
私の2列前に座っていた、女性連れの壮年男性はどのような気持ちで見ていたのかが一番気になって勝手に心配してしまった。

順番が定かでないのだが、あのテレビ千〇でしか見たことのない、人差し指で乳首の位置を当て合うシーンは一体何だったんだ。
恭一が一瞬関西弁ぽくなっていたのでかなり素だったのでは…なんであのシーンが挟まれたのか謎である。
耳かきをしてもらう恭一と、恭一に片手間にポテチを食べさせる今ヶ瀬は超超超超可愛かった。でもポテチのときテレビに映っていた白目の芸人があまりに気になって気が気じゃなかった。なんだあれ。

そして後半突入。原作の「憂鬱バタフライ」~「俎上の鯉は二度跳ねる」である。
ここから恭一の部下・たまきが登場し(映画だと序盤からちょっとずつ出てくる)恭一と距離を詰め、今ヶ瀬が今まで以上に追い詰められていき、読んでいるほうもしんどさが倍増する怒涛の展開が始まる。
しかし前半部分となるここまで(窮鼠~まで)がわりと原作通りに進行しており、あの分厚い後半をどう詰め込むんだ?!と心配になる。

穏やかに進展していると思った恭一と今ヶ瀬の関係は、たまきの存在によって最大の危機を迎える。
痺れを切らした今ヶ瀬は、ついに恭一に別れを告げる。

原作にもあった海へ行くシーン。
ここは本当に、予告のときから、漫画を読んだときに想像した色彩の通りだなあと感動したシーンだ。
この映画の色彩や音楽の使い方は、原作の雰囲気をうまく表現していると思った。

原作を読むと、人間の嫉妬や憎悪といった汚い感情と複雑でねじ曲がった恋愛模様が怒涛のスピードで展開されるも、どこか淡々とした印象を受ける。
過剰にドラマチックに演出しようと思えばいくらでもできるだろうに、原作の世界は良い意味で淡泊であり、都会的で洗練されている。
登場人物たちも感情豊かではあるものの、どこか冷めている。
主人公の恭一が優しいけどいつもどこか冷静で、恋愛すら計算して何より「相手の機嫌を損ねない」ことを第一に接しているというのが大きいのだろうけど。
そこをうまく表しているなあと感じた。

エスニック料理がやたら出てきて笑ってしまったけども。今ヶ瀬の部屋もオリエンタル調だし。
あと何かと飯と煙草が登場する映画だった。大体のシーンで何か食べていたし、そうじゃないシーンは良からぬことが起きている。

いよいよ物語は終盤に突入し、もうひと山もふた山も乗り越えることになるワクワクの地獄展開が待ち受けているのだが、突然原作と大幅に異なる展開をする。
たまきは入院せず普通に恭一から別れを告げられ、恭一は今ヶ瀬を追いかけない。

今ヶ瀬が姿を消した後、たまきと結婚を考えるほど良好な関係を築く恭一。だが、本当は今ヶ瀬のことを忘れられずにいる。
原作では幸せの絶頂にあったたまきがストーカー被害に遭い、犯人に階段から突き落とされる。
事前にストーカーの存在に気づいていたたまきが、犯人の調査を依頼した相手が今ヶ瀬で、彼女の入院先で恭一と再会してしまう。

以上のややこしい下りがスッパリとカットされ、恭一と彼の家の前に車をつけていた今ヶ瀬が再会する。
恭一がたまきと結婚を考えていることを知った今ヶ瀬は、恭一に愛人にしてくれと懇願する。(ここは原作にもあった)
最初は婚約者となったたまきを想い、その要求を拒む恭一だが、色々あって結局今ヶ瀬を受け入れてしまう。
そして2度目のラブシーン、今度は恭一が今ヶ瀬を抱く。
たまきと別れてくれ、と冗談半分に言った今ヶ瀬の言葉に従い、恭一はたまきに別れを告げる。普通の喫茶店で!!!!!!!!!!

私は原作のこの、大けがを負って入院している心細そうなたまきに、恭一が病室で別れを告げるシーンが殊更好きなので、あっさりカットされてしまってショックを受けた。本当に。
謎のゲイが集うクラブへ行くシーンを入れるなら……と動揺した。あそこも原作なら泣いている恭一を見てしまうのはたまきである。

なにより、たまきと恭一の別れるシーンは、物語の結末でありずっと恭一が悩み続けた今ヶ瀬との関係について、ようやく答えが出る大事なシーンなのだ。
「左でも良いよ」と泣きながら恭一に縋るたまきに毎回涙した。それがアッサリと、普通の別れ話みたいになっていた……。
時間とか色々あるんだろうけど、せめてここの台詞は変えないで欲しかった。

(今ヶ瀬とは)結婚しないという恭一の言葉にたまきが「待っていても良いですか」と問うはずのところが、先の今ヶ瀬のごとく愛人でも良い的なニュアンスになっていたのが特に驚いた。
たまきの母は柳田常務の内縁の妻で、たまきはずっと父親がいない環境で育ち、時折父親が家に来る日を待ちわびていたたまきだから「待っている」と言えたのに~!

しかも別れを告げた恭一が家に帰ると今ヶ瀬が姿を消しており…の部分は同じなのに、恭一が今ヶ瀬を追いかけない!
追いかけて、最後の大喧嘩をし、またいつか訪れる、そして最後になるであろう別れの日を想いながら「指輪を買うよ」という恭一がいない!なぜ!

映画ではあまりフィーチャーされなかったが今ヶ瀬の「あなたじゃダメだ」という台詞が、今ヶ瀬との関係に誠実であろうとする恭一にとっての地雷ワードで、恭一は激昂する。
2度目を言うのはこのラストシーンでもある。
恭一はことあるごとに「ゲイの男がどれくらい深く男を愛するのかわからない」と考え「今ヶ瀬がダメだと言ったら自分の今ヶ瀬に対する愛情は意味がない」という線引きをしている。
3回目の「あなたじゃダメだ」を今ヶ瀬が言ったら、今度こそ終わりで、追いかけることもしないと告げる。
「俎上~」のタイトルにある「二度」というのもここの事を示しているのだと思うし。まあ映画は窮鼠なんだけど!

原作と相反し、他の男と寝ている今ヶ瀬と、待ち続ける恭一。で終わる本作。
この結末も、この辛い結末も好きだけど、でも、このたまきとの別れからの、雪の中で今ヶ瀬を追うシーンが大好きだった私はショックを受けた。
名台詞のオンパレードだというのに…せめてなぜ恭一は今ヶ瀬を追わなかったのか……その理由を知りたくてしかたがない。

しかしこの映画自体は、とても美しくてささやかで、原作の雰囲気をしっかり再現している作品だと思った。
最後だけちょっと納得ができなかったものの概ね満足した。
そして映像美、特に美しい男を堪能するには良い映画だと思う。
実写化に関しては、個人的に待ちわびていたのでもう文句のつけようがない。キャストも良かった。
特に今ヶ瀬が可愛くて可哀そうで素晴らしかった。
思い出深い本作が、この布陣で映像化されたことに感謝している。

観ることができて良かった。
できることならもう一度、原作を忘れてフラットな状況で見直したい。